2006/09/22

八朔(はっさく)

おはようございます。むろぴいです。

本日9月22日は、旧暦では8月1日。
また今日は、お月様が全く見えない新月の日でもあります。

月の始まる日を1日(ついたち)と言いますが、朔日とも
書かれることがあります。

今日の題名の八朔(はっさく)とは、八月朔日を短縮した
言葉なのです。

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2006/03/26

伊勢と能因法師

こんにちは。むろぴいです。

前回、私の座右の書に、伊勢能因法師という人物が
出てくると申しました。

この能因法師は100年以上も前に存在した女性である
伊勢を思い慕っていたのですが、その痕跡が高槻市
残っているのです。

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2006/03/24

高槻(たかつき)と金沢

こんばんは! むろぴいです。

ちょっと遅くなってしまいましたが、記事をアップ
したくなりました。

お友達のやゆよさんが、私が運営しているもう一つの
ブログ『日本の「ち・から」にトラックバックを入れて
くれました。

とてもうれしかったです(^^)

ところが、その記事を拝見して、ちょっとドキリ。

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2006/03/18

心の種を残すことの葉

おはようございます。むろぴいです。

今朝は晴天です(^^)

昨晩、ブログ巡回をしておりましたところ、とても
うれしいことがありました。

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2006/03/16

「書」で出会う

こんばんは! むろぴいです。

先週10日の金曜日は、友常貴仁先生の講演会でした。

仕事が詰まっていたのですが、かなり無理をして参加
致してきました。

何故って?

今回も座右の書 日本の「ち・から」』 の朗読があると
いうことと、行間に隠された思いをお話し頂けるという
内容だったからです・・・・・・。

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2006/02/11

『本』は生きている!

こんばんは。むろぴいです。

今日は帰りが遅くなりました(^_^;)

日付はかわってしまいましたが、本日10日の夕方、
友常貴仁先生の講演会に足を運んで参りました。

今日は、私の座右の書 日本の「ち・から」』 に
書けなかったことをお話し頂けるという内容だった
ので万障繰り合わせて参加してきました。

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2005/11/08

滅せぬもののあるべきか

おはようございます。むろぴいです。

昨日は、名古屋に日帰り出張でした。折角の機会でした
ので、ちょっと早く出て、熱田神宮に足を運びました。

熱田神宮は、永禄三年(1560)十一月の桶狭間の合戦の際、
織田信長が一発勝負に出るにあたり、兵を終結させ、
勝利を祈念した場所であるのです。

その事実が今の時代に分かるものがありました・・・。

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2005/10/02

途中経過報告です!

こんばんは。むろぴいです。

先ほど帰宅致しました。今日は以前、ブログで告知
しました座右の書日本の「ち・から」』のプレゼント
企画において、サイン本をなんとか出してほしいという
交渉をして参りました。

ぶっちあけ、先ほどまで、友常貴仁先生とご一緒して
おりました。

結論として、現在絶筆中なので本にサインはできないが、
別の紙にサインをするので、それを本にはさんで、希望
の皆様に差し上げて下さいということになりました。

私の熱意が通じたようで、ご自分のを破らない形で
なんとか代替案を提示頂けました!

ということで、プレゼントに応募頂いた皆様、それが
入手でき次第、個別にご連絡致しますので、いま
しばらくお待ち下さいませ。

もし、この記事を読んで、私もほしいという方は下記の
内容を読んだ上でお申し込み下さい。

http://muropy.way-nifty.com/blog/2005/09/post_af11.html

お願いは直接会ってやらないと熱意は伝わらないのですね。

以上、ご報告まで。

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2005/09/20

ブログ『日本の「ち・から」』

みなさん、こんにちは。むろぴいです。

今日は、ブログ 『日本の「ち・から」』 を紹介させて
下さい。

ブログを初めてからほぼ1年、ブログを通して、いろいろな
ご縁が広がり、とても楽しくなってきているのですが、
以前から、自分の興味のあるテーマで、ブログが活用
できないかなあと思っておりました。

いろいろ考えて見ました・・・・・。

そこで、立ち上げてみたのが、これです↓↓↓。

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2005/05/27

「座右の書」その2

こんばんは。むろぴいです。

今朝もいつも通り、座右の書を携え、JR市ヶ谷
より勤務先に歩いて向かっておりましたところ、
麹町日本テレビビルショーウィンドウ
どこかで見覚えのある文言がずらりと並んで
おりました。

良く見てみると、座右の書日本のち・から』から
の抜粋や友常貴仁先生のメッセージがパネルに
なっているではないですか!

chikara1 chikara2

chikara3









しばらく立ち止まって、じっくり見てしまいました。

何本もの竹が上品に配置されて、なかなか良い
感じです。

本とは違って、パネルになっているものを読むと
字が大きいのでインパクトがあります。

いやぁ~、でも正直驚きました。座右の書の抜粋が
通勤路に出現してしまうのですから・・・。

こういうのをシンクロニシティというのでしょうか。

お近くにお住まいの方、お勤めの方、是非一度、
足を運んで見て下さい。

読んでみると当たり前のことが書かれておりますが、
今を生きる私たちが、きちんとできなくなっている
ことが多いのです

幼い頃、祖母から何度も何度も注意されたことなど
も記載されており、私としては正直、耳の痛い部分
もあります。でも、はっと気づいて、それをすぐに
正す
ということが大切なのだと思います。

尚、このショーウィンドウのプロデュースは、
西子雅美さんという方が担当されています。

今回も最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

それでは失礼致します。

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2005/01/17

阪神震災から10年・・・

あの1月17日から、10年・・・

5時46分、からだが宙に浮いた・・・

それと、同時に食器の割れる音。

寝起きの悪い私でも、意識がさっと戻り、生存の危機を感じた・・・。

とんでもないことが起き、大きな被害が出ているという直感・・・

当時、震源の淡路島から離れた大阪府高槻市古曽部町に居住
していましたが、大きな恐怖感に襲われたのを覚えております。

衣服を着替え、食器棚から飛び出て、壊れてしまった食器類の
あと片付けをしていると、停電が回復。TVのスイッチを入れ、
NHKニュースにて、震度や震源地情報を確認・・・・・・。

神戸市長田区の火災、倒壊した阪神高速道路の映像が、
宮田修氏の冷静なアナウンスとともに入ってきて、被害の
大きさが明らかになってくる・・・・・・。

この日を鮮明に思い出すのは、この2日後の19日早朝に石川県の
実家より父危篤の連絡、21日早朝に他界、その後、喪主という
大役を周囲の力添えを頂きながらやり遂げるという一連の物語の
プロローグでもあるからなのです。

あれから、10年、人生経験を積んでおりますが、この時のひとつ
ひとつの出来事は自分自身の大きな糧になっていると確信して
おります。

 「こころね」という『根』から育った木には、
 「空華(からばな)」(寒威をものともしない花)という
 『花』が咲き、たのしみという『実』をむすぶ

私の「座右の書」

 友常貴仁先生著の『日本の「ち・から」』

からの引用です。

過去の出来事、そしてこれからの日々の実践は、この「こころね」
づくりの何物でもないことを肝に銘じて・・・。

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2004/10/17

秋晴れの空を見上げて・・・

皆さん、こんばんは。

本日の関東地方は秋晴れで雲一つない青空、とても気持ちよく
過ごせました。

そんな合間に、私の愛読書の一つである

 『 日本の「ち・から」 』(三五館、著者:友常貴仁

を読み直しておりました。

その中で改めて、心に響くところがありましたので、著書より
引用させて頂き、皆さんと共有できればと思います。

-以下、著書より引用-

 明治維新の折、官軍による物量の戦の前に、散っていった
会津藩の少年隊である白虎隊の悲劇の話はご存知であろう。

 自刃(じじん)した白虎隊の教導役(班長のようなもの)
篠田儀三郎が六、七歳のころのことである。

儀三郎は、友達と「蛍狩り」に行こうと約束をした。しかし
その日はあいにくの暴風雨で友達は家に居た。

すると、門を叩く音がする。出てみると儀三郎であった。
右手に蛍籠、左手には蛍を追うホウキを下げていた。

友達は驚いて、

「風雨がこんなに激しく、ひとつの蛍も見えないというのに、
君は何故やってきたんだ?」

と、逆に問うたのであった。すると儀三郎は答えた。

「私は、君との約束を守りたかったんだ。だから蛍の有無には
構わずやってきた。風雨のために蛍がいないならば、
またいつか蛍狩りをしよう。」

と、言って帰った。

 篠田儀三郎という男は、子供の頃から、誠実そのもの、
幼少より正直者で通っており、周りからも、一度もウソを
ついたことがないと言われている。

一度たりとも約束を守らないことは無かった。

-以上、引用おわり-

皆さん、如何でしたか? 「ちょっとここまで・・・」と思う方が
大半かもしれないのですが、私自身は、この儀三郎さんの
姿勢がとても大好きなのです。

とはいえ、私自身、この儀三郎さんのような誠実さを身につける
には至っておりませんが・・・。

でも、このようなお話が今日まで言い伝えで残っているという
ことの根本に、「約束を守る」ということの困難さやそれを
実施する人の少なさがあるのだと思います。

秋晴れの空を見上げ、日々精進を誓う私がいました。

それでは、失礼致します。

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