「鏡花」探訪-その7
こんばんは! むろぴいです。
昨日の「日本最古の桜」の記事へのコメントありがとう
ございました(^^)
予告通り、ちょー久しぶりに「鏡花」探訪をお送りします
(過去記事はこちらから見て頂けます)。
第7回目になります。
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こんばんは! むろぴいです。
昨日の「日本最古の桜」の記事へのコメントありがとう
ございました(^^)
予告通り、ちょー久しぶりに「鏡花」探訪をお送りします
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こんにちは。むろぴいです。
お蔭様で昨晩のポンポン(お腹)の不調もよくなりました。
正直、昼過ぎまで寝ておりましたので・・・。疲労も蓄積
していたのかもしれません。
また、みなさんからの心のこもったコメントの数々、とても
うれしく思いました。ありがとうございますm(_ _)m
久しぶりに鏡花探訪をお送りします(^^)
↓↓↓
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こんにちは。むろぴいです。
先日の十五夜に、月の兎(みたりの友)の記事をアップ
しましたが、このとき「兎」という言葉から、泉鏡花が
兎の玩具を集めて大切にしていたというのを思い出して
おりました。
鏡花は、幼い頃に実母を亡くしているのですが、その実母
から自分の干支から数えて七番目のものを持つとお守りに
なると言われ、水晶の兎の置物を渡されていたのです。
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こんばんは。むろぴいです。
本日、9月7日は、泉鏡花の命日でした。
そこで、東京都豊島区の雑司が谷墓地にある鏡花の
お墓にお参りに行って参りました。
鏡花のお墓がどこにあるか分から
なかったので、管理事務所に行き、
100円の寄付と代替に地図を入手
したのでした。
地図を見ながら、ようやく見つけました。
こちらが鏡花の墓です。うっそうとした木々の中にあり、
ちょっと幻想的・・・。ただ、蚊との格闘がありました・・・。
何故か、お墓の前に到着した頃から、
小雨が振り出したのですが、あまり気に
せずに、すでに飾られていたお花の
ところに、私の持ってきたお花を追加し、
お供えしたのでした。
この小雨がだんだん強くなり、その後は風も強くなり、雨も
きつくなってしまったのでした・・・。
ご想像の通り、びしょぬれになってしましました・・・。
なんでこうなるのと思いながら、こういう時は
「雨(あめ)」ではなく、「天愛(あめ)」
と読みかえて、これからもっと良いことが起きるんだ!と
勝手にいいように解釈をしているのでした。
雑司が谷の墓地は泉鏡花をはじめ、いろいろな著名人の
お墓があるとのことでした。
ある人物に思いを馳せる時、命日にお墓に足を運んで、
その場で何かを感じてとってみるというのは如何でしょうか。
こういう行動が何かのきっかけに成り得る可能性があり
ますから・・・。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
それでは失礼致します。
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こんにちは。むろぴいです。
いつも友常貴仁先生の「今日の一言」をご覧頂き、
ありがとうございます。
これが、日テレ麹町ビルのギャラリーで展示されて
いることは既にお伝えしておりますが、この麹町は、
泉鏡花が住んでいたところでもあるのです。
明治43年5月から、鏡花が亡くなる昭和14年9月までの
約30年間住み続けた場所が、
麹町下六番町11番地(旧町名での表記)
であり、現在の町名では千代田区六番町になります。
以前から、どこにあるのかと探し回っていたのですが、
先日、やっと見つけました。
今は、時間制の駐車場になっていて、その脇に小さな
案内板にて『泉鏡花居住地』と出ているに過ぎない
のでした。これは正直分かりにくい・・・。
鏡花幻想(竹田真砂子[著]講談社)によると、鏡花が
住んでいた真向かいに有島一族の邸宅があったようで、
有島武郎の弟である里見弴(さとみとん)が鏡花に
声をかけたのがきっかけで、深い交流がはじまった
ようです。
鏡花はいろいろな作家や芸術家と知己を得るのに
里見弴にとても助けられたということでした。
今でも閑静な住宅街ではありますが、鏡花が住んでいた
ころはどんなんだったのだろうと思いをめぐらすのでした。
千代田区の町名由来板ガイドによると、多くの作家や
芸術家が居を構えたところであることも分かりました。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
それでは失礼致します。
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こんにちは。むろぴいです。
以前の逗子の岩殿寺から時がたってしまいましたが、
この夏、泉鏡花にゆかりのあるところに行って参りました。
石川県金沢市の東山にある蓮昌寺(れんじょうじ)です。
鏡花の最後の書「縷紅新草(るこうしんそう)」の舞台に
なったところです。
ここは泉鏡花記念館(鏡花の生家跡)、そしてひがし茶屋街
からほど近い場所に位置します。
東山の細い道を練り歩いていくと山門があります。
この山門までの細く急な坂道をのぼるのが少々大変・・・。
さらに、訪れた日はどしゃぶりの雨だったのでした・・・。
「縷紅新草」の中に「お京」の名で登場する
人物がこの蓮昌寺に眠っています。
目細てる、鏡花の又従姉にあたり、
鏡花はおない年ながらも「ねえさん」と
呼んで頼りにしていた人物でもあります。
鏡花はこの「縷紅新草」を、亡くなる2ヶ月前に執筆して
いるのですが、閉鎖的な金沢の地を嫌っていたと言われる
鏡花が最後の執筆の題材をこの金沢に戻しているところに
とても興味が湧いたのでした。
この蓮昌寺の山門から、金沢の町を見渡した風景がなかなか
良いのですが、どしゃぶりのため、視界不良、写真をとれる
状況ではありませんでした・・・。
観光客の方が多く来られるようで、
ちゃんと目印まで立っているのには
少々驚いてしまいましたが・・・。
「縷紅」って何と思ったのですが、こちらのサイトで学ぶこと
ができましたので、ご紹介させて頂きます。
(サイト管理人の方へ、ありがとうございました!)
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
それでは失礼致します。
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こんにちは。むろぴいです。
先般、師とともに神楽坂で宴席を堪能してから、
石川県金沢市出身の泉鏡花をとても身近に感じる
ようになりました。
鏡花の書いた著書を少しずつ読んでおりますが、
より深く理解するには、鏡花のゆかりの地に足を
運び、その場所の風を感じてみるのが一番なので
はないかと思ったのです。
そこで、鏡花が「婦系図(おんなけいず)」を発表
した頃に住んでいた逗子に足を運びました。
JR逗子駅から、岩殿寺(がんでんじ)に向かいました。
このお寺に鏡花とすず夫人がよくお参りにいっていたと
聞いたからです。
閑静な住宅街を練り歩き、坂をのぼっていった先に
岩殿寺はありました。
山門を抜け、長い長い石段をのぼっていくと、
観音堂です。
ふと、後ろを振り返ると、素晴らしい眺望が・・・。
石段をのぼってきた疲れが
吹き飛びました。
また、海側から吹いてくる風が
すがすがしい・・・。
しばし、この眺望を堪能した後、
下山。
帰り際、山門の脇に、鏡花の句碑を見つけました。
普門品(ふもんぼん)ひねもす雨の桜かな
観音力を信仰していたという鏡花の思いが強く
伝わる一句でした。
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